野にイケンあり〜ジャーナリスト武田一顕が詠む時政

政局や中国について【野の意見】を個人の備忘録として書き連ねる。 よろしくどうぞ。

自己崩壊 とどめる鉄の 鎧かな

香港の林鄭月娥(りんていげつが/キャリーラム)

行政長官が、内外で猛烈な批判を浴びている。

日本でもNHKなどが彼女を『鉄の女』と称し、

血も涙もなく若者を弾圧する冷たいイメージを

植えつけている。

本当にそうなのだろうか?

当事者の香港市民があれこれ言うのは構わないが、

三者である我々は冷静な目を持つべきだ。

頼まれてもいないが、今回は林鄭について

少し引いたところから考えてみる。

 

 

林鄭は1957年、香港で貧しい家庭に生まれながら

香港大学を卒業し、1980年に香港政庁に就職した。

当時の香港はイギリスの植民地だ。

その後、エリート官僚として順調に出世し、

2017年、香港のトップである行政長官に

中国政府から任命された。

中国に返還されたあとの香港は、

外交、国防を中国共産党に握られている。

高度な自治は保証されているが、

所詮、中共の意向には逆らえない。

我が国がアメリカに逆らえないよりも

もっと従属的な関係である。

習近平を親会社の会長とすれば、

林鄭は子会社の社長。

稼ぎは大きいが、あくまで子会社。

それが香港だ。

 

彼女は2014年の香港で雨傘運動が起きた際、

学生たちの要求に屈しなかったので、

「鉄の女」と呼ばれるようになった。

しかし、当時は香港政府の一介の局長。

中国共産党の意向を伝える伝令の役でしかない。

それをもって「鉄の女」というなら、

役人はすべて鋼鉄となってしまう。

むしろ彼女の物腰はソフトでスマートであり、

2014年以降の香港内で、彼女の人気は高かった。

 

林鄭はおそらく自分の限界を知っていたのだろう。

行政長官選挙には出馬しないとずっと言っていた。

官僚としては超優秀だが、政治家には

向いていないと自覚していたに違いない。

にも関わらず、前長官の梁振英が下手を打って

再選に出馬できない状況となり、

長官などやりたくない林鄭が祭り上げられた。

香港で生まれ育った人々の法治、人権、

自由への考えは、日本人より進んでいる。

それは民主派も親中派も同じで、

ほとんどの香港人は、中国本土の今の状況が

良いなんて思っていない。

制度としても、それらへの考え方は進んでいる。

マスク禁止条例が出たとき、香港の裁判所が

基本法に違反している」と、香港政府を断じた。

これは象徴的な例だ。

ましてや大卒の知識人である林鄭は、

自由への意識が染み付いている。

それなのに、中国共産党の法治、人権、自由を

無視したかのような理不尽な要求に、

子会社の社長として従わなければならない。

林鄭の心中を思うとき、

それが香港の苦悩のように見えてしまうのは、

あまりにも贔屓目だろうか。

 

鉄の女、林鄭。

溶けて無くなりそうな内面を保つために、

彼女は益々、分厚い鉄の鎧を

まとわなければならないのかもしれない。